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最近思ったこと :: 2016/10/20(Thu)

 ツイッターをはじめてから、同じ文字書きの方や拙作を読んで下さった方と繋がる機会を持つようになりました。頻繁にお話をするわけではないけれど、フォローした方のつぶやきが流れてきたり、言葉はなくともリツイートやいいねのボタンを押したり押してくださったりするのは、近すぎず遠すぎずと、ちょうどよい距離でとても心地よいです。ツイッターでは、きょうだいがちょっとだけ困っていた時期があって敬遠していたのですが、はじめてよかったと思います。
 文フリ大阪が終わったのち、拙作をお買い上げいただいたと写真を載せてくださったり、ご感想をツイートしてくださったりと、とても有難い経験もさせていただきました。小説同人の世界において、「イベントで一冊売れればいい方、更に感想を貰えるなんて一握り」と聞いたことがあったもので、小説は自己満足だ、好きに作るんだと開き直って作りました。万が一手に取ってくださった方がいたら、その方が喜んでくださるようクオリティだけは(自分なりにですが)高くしよう、とだけ決めていて。
 表紙も、帯も、枠も、レイアウトも、言葉の表現一つ取っても、お話の展開も、登場人物の心情も何もかも、最後の最後まで直した覚えがあります。どうやったら人に届けて恥ずかしくないお話になるか。それだけ考えていました。そもそも同人は物や名声を売ることが目的ではないので、それだけでいいと思っていたのです。でもそうして作ったものを気になってくださったり、ほしいと言ってお手に取ってくださる方がいてくださいました。多分その中には、短編集ですので、微妙だなと思うお話だってあったと思います。でもそんなことはどうでもいいかなとも思っています。
 創ったものが誰にでもちゃんと面白いと思ってもらえるとは思っていないし、私自身もまだまだ未熟な物書きです。誰かたったひとりにでも「面白い」と思ってくださるだけでいいと割り切って活動しようと最初に決めていました。だから今回トマリギ亭が「表紙がきれい」だとか「感動しました」と言ってくださった方がいてくれただけでうれしいです。例え誰かが面白くなかったと思ったとしても、その人のために「面白い」と言われた本を自分が否定する理由にはならない。本というものは、買った人の手に渡った時点で私のものではなく、もう買った人のものです。どう感じようが、文章をどう受け取ろうが、何もかも自由のはず。
 だから大事なのは、やっぱり自分の書きたいものに対してどこまで完成度を高められるか。どれほど未だ見ぬ読者に対して真摯になれるかだと思うのです。このお話は面白いですと、自分で思えるくらいのものを書いて、人に自信を持って手渡せる。そのレベルにまでなったとき、誰に何を言われても気にならないし、あとから改善点も見つけてもこの作品を他の人に手渡すことができる。そんな作品を作れたことをとても嬉しく思っていますし、それに対して感想をいただけたことが、本当に有り難くも嬉しいことでした。


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  1. 創作